Vol.3 重田先生インタビュー
-北大におけるオープンエデュケーションの
これまでとこれから-
情報基盤センターウェブマガジンのVolume 3となる今回は、2023年度より情報基盤センターメディア教育研究部門の教授になられた重田 勝介先生に、研究を始められたきっかけを始め、ご専門とされているオープンエデュケーションに関するこれまでの取り組みや今後の可能性について、お話を伺いました。(聞き手:URAステーション 佐藤 崇)
─ 本日は、どうぞよろしくお願いいたします。
はじめに、先生のご経歴についてご紹介いただいてもよろしいですか。
重田 はい。私は大阪大学の人間科学部に入学し、その後、人間科学研究科を卒業しました。人間科学部は、いわゆる学際系の学部で、当時大きく行動系、社会系、教育系と分かれていて、私はそのうちの教育系に所属となりました。そこで教育工学という研究分野がありました。教育工学というのは、いわゆる教育方法学の中の1つなのですが、教育学は例えば、教育はどうあるべきかという教育哲学ですとか、教育の制度の比較をする教育制度学、あとは社会学などがあります。その中の、効果的な教育方法を考えるという分野、例えば、教育心理学や教育方法学などいろいろありますが、教育工学は、新しいテクノロジーや効果的な手法を導入して、教育の効果を高めるようなやり方、教育の実践方法を開発して評価する、さらにそういうものを理論化したりモデル化したりするといった分野なのです。私のいた研究室は、長年、コンピューターを使った学習や、遠隔教育、今はもうZoomなどを手軽にやっていますけど、当時はポリコムなどのテレビ会議システムを学校間に置いて、それをもちいて遠隔教育をして、その実践方法や効果を測定するという研究を大学院にかけてずっとやっていました。
─ 先ほど、教育工学が日本独特とおっしゃっていましたが、かなり新しい分野になるのでしょうか。
重田 そうですね。日本で教育工学という分野が生まれたというか提唱されたのが1960年代ぐらいです。海外だと、いわゆる教育心理学ですとか教授システム学とかいろんな分野がありますが、それらもある程度統合したような形で教育工学という呼び方をしていて、科研費の細目にもなっているので、一つの学術分野として成り立っているということですね。
─ 大阪大学は教育工学分野を先導する立場だったのですか。
重田 はい。日本の中で、学生の育成など拠点になっている大学がいくつかあり、大阪大学はその中でもかなり有力な大学の1つです。
─ 重田先生は大学入学当初から、教育方法や教授方法といった分野に興味を持たれて入学されたのでしょうか。それとも大学に入った後で何かきっかけがあって、そちらの道に進まれたのでしょうか。
重田 はい。大学に入るまでは私は、あまり何になりたいかということを明確に決めていなかったので、いろいろ選べそうな人間科学部に入りました。その大学の部活動で、航空部という、グライダーで飛ぶ部活動に入っていました。そこで、いわゆる自家用操縦士の免許を取ったあとに、操縦教育証明という人に教える免許を取ったのです。その免許を取るときに、例えば教授法などの教育心理学のことを勉強した際に、興味を持ちました。
─ その時点で教授方法まで学ぼうと思う方は多いのでしょうか。
重田 一応、操縦教育証明は国家資格なので、ある程度必要な知識を身につける必要がありました。試験科目にはいわゆる模擬授業などもあって、すごく下手くそな(笑)模擬授業をやった記憶があります。そのときに学んだ、教育方法とか技術の分野が結構面白いなと思ったのです。だから卒業論文でも、操縦士育成のeラーニングというのを作ったりしました。
─ それから、ずっとその道を進まれているっていうことなのですね。
重田 はい。
─ グライダー操縦がきっかけとは、とても面白いですね。では、先生のご専門であるオープン教育、オープンエデュケーションというものが、どのようなものなのか、教えていただけますか。
重田 ありがとうございます。オープンエデュケーションというのは、学校や大学の制度に捉われずに、生涯にわたって自由に学ぶような方法・教材を開発したり、そういう環境を作ったりする活動のことを指します。これはあくまで活動で、研究領域として始まったものではないのですが、例えばそういったオープンな教育に使うオープン教育資源、これをOER(Open Educational Resourcesオープン教育資源)と言いますけども、OERがどのくらい学校や大学教育に使われているかとか、どのくらい学習効果があるかを評価するとか、あとは、OERは無料なので、どれくらいコスト削減に寄与できるか、などが研究テーマとして挙げられます。他にも、大規模オンライン講座(Massive Open Online Courses、以下MOOC)というものがありますけど、それがどのように使われているのかという調査研究、また教育者としてどのように活用すれば教育効果が高まるのかという実践研究を研究テーマとしてかれこれ15年ぐらい取り組んできました。
─ では、教育方法の中でもオープンエデュケーションに着目したきっかけなどはあるのでしょうか。
重田 はい。実は私が大阪大学の大学院のころに、オープンコースウェアというものが既に展開されていまして、そのコンテンツを阪大のアルバイトで作ったことがきっかけです。オープンコースウェア(以下OCW)というのは、2000年にアメリカのMITが寄付財団などの支援を受けて始めた、大学の授業で正規に使っている教材やシラバス、試験問題などを無償でウェブに公開する取り組みです。その動きを受けて、日本においても2006年にJOCW(日本オープンコースウェアコンソーシアム 現オープンエデュケーション・ジャパン:略称 OE ジャパン)というOCWのコンソーシアムができて、大阪大学も参加することになったのです。その際に、いろいろな学部からコンテンツを出してくださいという依頼があって、私は日本とアフガニスタンの間の遠隔講義をコンテンツにするという作業を行いました。時期的にアフガニスタン紛争の後だったので、日本からもJICAなどが地域支援をおこなっていたのですが、そこに関わっている方々が連続で遠隔授業をされたのです。その内容がアーカイブされていたので、それらをビデオにまとめて公開したものです。そこで初めてOCWというものがあることを知りました。
私は大阪大学大学院修了後に東京大学に着任したのですが、そこでの仕事は、東京大学がOCWの作成を内製化するために設置された「コンテンツ開発室」を取りまとめる助教、というポジションでした。大阪大学での遠隔講義のコンテンツ作成の経験を踏まえて雇っていただいたことになります。東京大学は、それまでのコンテンツ開発は全て外注だったのですが、2007年に内製化を始めました。私はこの頃、コンテンツ作成には研究ではなく業務として携わっていて、自分自身の研究分野は遠隔教育やeラーニングだったのですが、2008年に現在京都大学にいらっしゃる飯吉透先生の東京大学でのご講演を聞いて、自分が携わっているコンテンツ作成がオープンエデュケーションという活動の枠の中にあり、研究分野としても存在するということを知りました。このときに飯吉先生に、私もそういう研究をやってみたいと。当時本場がアメリカだったので、アメリカに留学してみたいのでご協力いただけないか、とお願いをしたのです。その後フルブライト奨学金をいただいて、2009年には飯吉先生のご紹介で、UCバークレーに行きました。その辺りから、OERの再利用の研究を自分なりに始めて、それ以来、オープンエデュケーションの研究をしていることになります。
─ 詳しくお教えいただきありがとうございます。
当時の日本とアフガニスタンとの遠隔授業は、どのようなものだったのでしょう。
重田 そうですね。あのときは、アフガニスタン側にゲストを呼んで、日本側にコーディネーターの大阪大学の教授がいて、その教授の司会で向こうからいろいろ情報提供をしてもらうという形でした。現地で医療に関わっている方やJICAの立場で国際協力をしている方などの講義を、毎週オムニバス形式で行っていました。当時、メディア教育開発センターという、教育工学関連の研究もしていた国の機関が衛星放送もやっていて、その番組を流したりもしていました。一応、映像と音声を使ったものだったのですが、当時のインターネットは今みたいに品質がよくなかったので、映像はカクカクでした。
─ 当時からそのような取り組みがあったのですね。少し戻りますが、先生のお話の中に出てきた、MOOCと今おっしゃっていたOCWとの違いはどこにあるのでしょう。
重田 実際に教育をして能力評価をするかどうかが一番の違いです。つまり、OCWやOERはただの教材群なので、それらを使って皆さんが自由に学んでくださいと、要は渡すだけなのです。ですが、MOOCの場合は、その教材を使って教える講師がいて、ELMS(Education and Learning Management System、北海道大学の教職員や学生が利用できる教育情報システム)を使ったeラーニングのように、コースの始まりがあって終わりがあり、最後にテストがある。ある程度のレベルに達したら、認定証を与えることで、教育の仕組みとして完結しています。そこが一番の違いですね。
─ この認定証は大学の講義単位と同じ扱いのようになるのでしょうか。
重田 単位への振替をやっている大学もありますね。ですが、大学設置基準の関係上、MOOCの認定証をそのまま単位として読み替えることはできないので、例えば、対面教育の中にMOOCを教材として取り入れたりとか、学生を履修者として登録して、きちんと履修を把握し、別途対面教育や学習評価をする、といった方式でやる必要があるかなと思います。
海外の場合は、MOOCを受けた方に対して、本人確認をした上で単位を与えるということをやっている大学もあります。
─ なるほど。
将来的には、日本でもこのMOOCを利用して、例えば他大学同士で、同じ授業を受けて、きちんと単位互換が認められるような状況になっていくものでしょうか。それとも、今の状態のまま、授業の教材の一部として使われていくのでしょうか。
重田 そのまま単位として認定するようなことはないと思いますね。それはもう大学設置基準上の問題なので、本人証明もなしに受講した人にどんどん単位をあげることは、大学、要は教育機関として難しいですね。でも一方で、例えばデータサイエンス教育の分野では、北大のような拠点校が教材を作って、それを他大学に授業で活用してもらい単位を出すみたいなことはできます。当然、単位を出すのはそれぞれの教育機関ですが、そういう教材を共有化して、教育をある意味効率化しようとか、使った教材に対して、お互い改善をしていって、全体としてレベルアップをさせていきましょうという取り組みは、これからも続くと思います。だから、オープンエデュケーションによって、どれくらい大学の単位に読み換えるかとなるといろいろハードルがあるのですが、最初からきちんと大学間で単位互換協定を結ぶなどの整備をした上で、そういう教材を共有化して、教育の質を上げていくということは今までもありましたし、続いていくと思います。
─ よくわかりました。その教材を作られているのは先生方だったり、ひょっとしたら外部委託だったりするかも知れませんが、得手不得手もあるとは思います。例えば同じ分野の教材でも、多少質的に違いが生じたりするかと想像しているのですけど、そういうのは全体で共有しながら、みんなでレベルを上げていくという形になるのでしょうか。
重田 そうですね。全体で上げてという考え方もあるし、素材となる教材を北大みたいな拠点校が作ったあとに、実際に使用する大学や高専、場合によっては高校が、レベル感を少し変えて自分たちの学生に合うものに作り変えていくということもあると思います。そのためには、教育効果の高い教材を作るということがポイントになります。私の兼務先のオープンエデュケーションセンター(以下OEC)の話になりますけど、最近だと、本学はリカレント教育に力を入れていて、2022年4月に大学院教育推進機構の中にリカレント教育推進部が設立されました。私も一応部員となっております。同推進部の活動の第1弾として、人間知・脳・AI研究教育センター(CHAIN)のリカレント教育を2024年1月からやる予定で、今そのコンテンツを作っているところです。これも根底の作りとしてはMOOCみたいなもので、先生方がスタジオに入って講義を撮り、能力評価をできる課題やクイズを作って、どのように学習を進め、評価するかを考えなくてはなりません。コンテンツで学んだ後には、受講者が集まってグループワークをしたりディスカッションをしたりなど協同学習を行い、最終的に認定証を与えるということになります。効果的な教材を作るというのは、なかなか先生方だけではできないので、大学全体としての支援はある程度大事なのかな、と思っています。
─ なるほど。では、大学の中で教材を作る人材というのは、どのような方々がいらっしゃるのでしょうか。例えば、大学の中でそういう人材を増やす、育てるという取り組みもありますか。
重田 はい。大学の教員は教育内容の専門家ではありますが、オンラインで教える方法の専門家ではないので、そこはどうしても、他の専門家の助けも必要になります。例えば、オンラインで教えるにあたって、どういうふうな教材の設計をして、どういうふうな学習評価をすればいいのか、インストラクショナルデザインと言うのですが、教材設計の専門家がまず必要です。それから、映像コンテンツを使うことが多いので、撮影したり収録したりして、教育用の質として問題ないものを作るための映像制作の専門家も必要です。あとは、教材の中に、出版社の図版ですとか本の表紙とか、第三者の著作物を使うことが多いので、その著作権処理の専門家も必要となります。もう1つは、情報基盤センターも関係していますけど、そういった学習環境を作るプラットフォーム、ELMSのことですが、そういうものを開発したり管理したりする専門家も必要です。教育内容の考案や教員間のコーディネーションは教員の役割ですが、教材設計・映像制作・著作権処理・プラットフォーム管理の部分は大学の中で専門家を用意する必要があると思います。ですが、実はこういう分野は、もともとどこかで専門家を育てているものでもないので、ある程度、経験がある人を雇って、中で人材育成をしていかないといけないのですよね。だからOECの職員も、例えばテレビ局でディレクターをしていたことがありますよとか、先ほど言ったような教育工学の分野で修士をとって、インストラクショナルデザインにある程度精通していますよとか、あとは美大に行ってデザインに精通しています、といった人に来ていただいて、中で徐々に育成をするという形で、先ほどの4つの専門家人員をそろえていくというのが現状になっています。
─ 人材の確保が大変そうですね。現状、北大のOCWはどんどん増えている状態ですか。
重田 そうですね。OCWは学内の先生方から一般に公開したいという依頼があって出すものもある程度ありますが、半分以上は、例えば外部資金でコンテンツを開発した上で機関連携の教育をするということが既に決まっていて、そこでOCWを活用していただくというものが多いですね。だから、外部資金がついていて、そこでプラットフォームとして使っているので、OECにも外部資金をある程度つけていただいているというものもあります。
─ 北大のこういう授業を学外でも聞きたいというような要望はあるのでしょうか。
重田 正直なところ、そういうことはあまり把握できていません。OECは主に学内予算で支えられ、基本的に大学内のニーズに基づいて運営されています。だから、学内で教育を一般公開したりですとか、教材を作って授業の中でいわゆるブレンド型学習をして、その効果を高めたりですとか、大学の教育改善に帰するものを受けるということになっています。基本的に大学の教育、授業の中で使っていただくことを前提に作るという形で進めています。
─ 今、現状で北大のオープンエデュケーション教材はどのくらいあるのですか。
重田 7000コンテンツを超えています。1個の教材をどう数えるかという問題もありますが、OECでは大体毎年、20コース200コンテンツの作成を数値目標としています。コンテンツ制作を9年間ぐらいやってきたので、ある程度の数が蓄積されているのです。
─ 相当な数ですね。ちなみに、北大の7600は日本国内でも多い方なのでしょうか。
重田 相当多いほうです。それこそ日本だと、東京大学とか京都大学はかなり作っていますけど、多分それに次ぐくらいの数はあると思っています。
─ それはすごいですね。
OECの仕事やこういう教材についての広報としては、どういう方法をとられていますか。ホームページは私も拝見しましたが、その他に例えばイベントなども開催されたりしていますか。
重田 セミナーをある程度の頻度で開催しており、また毎年フォーラムを開催し、外部の有識者を招いて関連情報を提供いただいております。また、普段からOECを使っていただいている方に成果発表をお願いするなどの形で、できるだけみなさんにお伝えするようにしています。
─ 新しい利用者は増えているのでしょうか。
重田 はい、徐々に増えてきました。仕事として最近増えているのは、大学として取り組みを始めたのでリカレント教育に関するものになります。またOECの本来業務ではないのですが、本年7月に総長が「HU VISION 2030」を発表されましたけど、あのビデオの作成など大学広報のお手伝いもしています。
─ あのビデオを作られたのですね。
重田 そうですね。
─ 先ほど、リカレント教育の話題がありましたが、例えば今、日本だけかもしれないですけど、少子化で学生さんが減ると予想されています。その場合に、正規以外の学生獲得の機会として、こういった教材を使ったリカレント教育というのは有効でしょうか。
重田 有効だと思いますね。リカレント教育は、当然大学としてある程度特徴的な領域をテーマに作ることが多いので、それによって受講した社会人の方は、もう少し学び直したいと考えて、よりその大学への関わり方を増やすことになります。
OECで作成した原子力教育関係のコンテンツがありまして、これは文科省の補助金を長年いただきながら、北大以外の学生にも原子力教育を提供しています。コンテンツで学んだ後に、北海道の幌延町に行って実習したりですとか、いわゆる「講義プラス実習」の「講義」のところをオンラインのコンテンツでやっています。これを続けることで、北海道大学が原子力教育の一つの拠点となっていくことになり、ひいては北大で学びたい学生が増えることにつながると思います。この教育プログラムは北大外からも受講できますし、大学の教育の多様性とか、北大の研究や教育の力を見せるという意味では、リカレント教育や機関連携の教育というのは結構重要なのかなと考えています。
─ なるほど。北大ではこういう授業をやっている、という宣伝効果もあるのですね。
重田 大学の特色を示すという意味でも大変重要だと思っています。
─ こういった教材は無料が多いと思うのですが、将来的にこのような教育教材は大学の収入源として使えるようになるのでしょうか。
重田 はい。当然、その可能性はあります。OECでは、当然ですが教材自体は部局とか先生から依頼があるときは無料で作って、それを非営利で使っていただくことを前提にしています。だから、それを販売せず、学生や一般に無料で公開しているのです。それを前提に著作権処理をしています。第三者の著作物から使用許諾をもらうときに、これは非営利目的で使いますよということであれば、比較的許諾は得られやすいのです。一方で、例えばリカレント教育のように、本学の今の計画だと教材を販売することも想定していて、当然そこで収益が生まれてくるため、著作物を使わせていただく権利者にも、ある程度配分をすることになってきますよね。だからある意味、ハードルが高くなると思います。今後、大学の経営状況の改善や新たな収益などを考えると、リカレント教育に参加した方からお金をもらって、コンテンツは無料で見られるようにするという方法もありますし、もう1つは、コンテンツ自体をサブスクリプションで販売するといったことも考えることはできると思います。その代わり、やはり販売をする場合はコンテンツの作成が大変になってきますね。
─ 作るときの前提から違うのですね。
重田 そうですね。それ専用に権利処理を含めてやらなければなりません。
─ 月並みな質問ではありますが、オープンエデュケーションの教材作成や取り組みを進めていくにあたって、課題はあるのでしょうか。素人的には、こういうものを普及するためには、みんながパソコンの使い方を知らなきゃいけないと思うのですが、現状では利用者は現役世代というか、若い人が多かったりするのですか。
重田 世界の状況でいうと、MOOCみたいなオープンなオンライン教育を受講しているのは圧倒的に若い方が多いです。それは、学ぶことで単位がもらえるとか、それによって新しい就業の機会を得るということに結びつくからだと思います。ところが、日本のMOOCの場合は、調査によると比較的シニアの方が多いようです。現時点ではMOOCの履修でとれる認定証が何か就職に結びつくということはありませんので、いわゆるカルチャーセンターみたいな意味合いで、自分の見識を広げたいとか、場合によってはネットワーキングにしたいとか、そういう目的で使ってらっしゃる方が多いようです。また、企業内研修のeラーニングが結構進んでいるので、当然、会社の中でICTを用いていろいろ学ばれるってことは多い。つまり、企業内研修自体がオンライン化しているということはあるのかなと思います。あとは同じ世代の中でも、情報格差、デジタルデバイドとかいいますけども、情報通信技術や電子機器を持つ人と持たない人、それこそ高齢者の中でもありますので、なかなか全員が同じような状況にあるとは言いづらいですから、情報リテラシー、最近はデジタルリテラシーという言い方もしますけども、そこをうまく高めることは大事かなと思います。
─ 大学の先生方は、授業のやり方や教え方などを学ぶ機会はほとんどなく教員になりますよね。オープンエデュケーションの教材で、授業のやり方というようなものを学ぶことは可能ですか。
重田 可能だと思います。東京大学はインタラクティブ・ティーチングという名前のMOOCをやっていて、大学教員とか、それこそ企業内研修の講師とかも対象になっているかもしれませんが、教えることの効果を高めるようなオンライン講座を受けて、そこで自分の知識やスキルを向上させるということをやっています。大学だと、そこにいらっしゃる先生方とか、リソースはどうしても限りがあるので、そういったことを先進的な大学がオンライン講座で教えるみたいなことも事例としてはあります。
─ やはり既にあるのですね。
重田 やはり、そういうふうにある程度お互いに助け合っていかないと、全ての大学に専門家を呼ぶようなことはできませんし、大学の中でFDをやっても、なかなか忙しくて時間が取れないこともあると思います。その場合に、MOOCなどを利用して、学外の機関でもいいと思いますし、そのほうが合うという方もいらっしゃると思うので、学ぶ機会は幅広にあるほうがいいと思っています。
─ 分かりました。MOOCのようなものがどんどん進んでいくと、教え方が得意な先生が人気になったりするでしょうか。塾講師みたいなイメージですが、お話しや教え方がうまいとか、そういうことで人気が出て、広い目で見るとあの先生の授業が面白いからと大学に学生が集まるということも想像したのですが。
重田 それはあるかなと思いますね。前提として、今までは小中高大学というところで出会う先生方から教えてもらう経験しかないので、教育の経験というのはばらつきがあったのですが、例えば受験対策にしても、今はそれこそYouTubeなどいろいろなところで上手に教える方がいらっしゃるわけです。だから、教師を見る目が結構厳しくなってきているのかなという気がします。最近だとコロナ禍で、先生方はZoomで授業をやるとか、ELMSだけで教えるということを強いられました。そうなると、これまでの教育のやり方があまり通用しないので、最終的に教え方が上手な先生とそうではない先生、学習支援ができる先生とそうではない先生というのは結構見えてしまうところもあると思います。今はポストコロナに入りつつあるといわれていますので、大学の授業を対面に戻しながら、ある程度オンラインの良さも生かすハイブリッド型にしましょうということで進んではいます。そうすると、やはり先生方に求められる職能が、これは初等中等教育もそうですけど、よりハイレベルになっているのかなという気はします。先ほどのインタラクティブ・ティーチングでもないですけど、大学でも内容だけ教えられればいいというわけにはいかなくて、その内容をどううまく伝え、学生を育てるかという教授方法や学修支援の工夫のところも問われてきているのかなと思います。
─ 大変よくわかりました。
ここまでは、OECでのお仕事を中心にお話をお伺いしてきましたが、次に情報基盤センターでのお仕事についてご紹介いただけますでしょうか。
重田 情報基盤センターでは、私はメディア教育研究部門というところに所属していまして、そちらで研究をしているのが1つと、もう1つはOECの教育情報システムを担当しているので、情報基盤センター側や関連の事務組織との連携がどうしても必要ですから、その間でうまく情報共有をしてシステムを運用したり、システムの更新やカスタマイズを進めるという業務があります。
1つ目の研究については、最初の話に戻りますけど、この教育工学の研究をしてきて、最近はハイブリッド型授業を進める能力を教員がどのように身につけていくかということをテーマにして、そこをうまくサポートするシステムを開発するという内容を科研費でやっています。これは今年から新しく始めた研究なのですが、それまでは最初に申し上げたOER、教材のバージョン管理をするシステムをMoodleのプラグインとして開発しました。つまり、先生方が授業をする中で、教材の改善ということを当然やるわけですけど、結構その場その場で新しいものにしていくので、どういった理由でそれを新しくしたのか、その新しくすることのエビデンスとして、LMS(Learning Management System、学習管理システム)上のどういう学習履歴データがあったのかということを紐づけて記録に残すような仕組みがなかったのです。そこで、LMSの自分のコースに載っている教材を1つのパッケージとして見立てて、そのバージョン管理をGitリポジトリを使って行う方法を開発しました。例えば先生方がハイブリッド型授業を行うと、対面教育もあるし、予習ではLMSを使わせることもあります。その際にLMSにたまった学習履歴データや授業アンケートを見て、次回はここを新しいものに変えていこうとバージョンアップさせるわけです。その中で「Zoomを使った授業はこういうふうにしたらいいのだな」とか、「反転授業はこういうところがコツだな」というような、ある種の知恵がたまっていきますよね。そういうのは教育分野でTPACK(Technological Pedagogical Content Knowledge:教育内容の知識・教育方法の知識・テクノロジーの知識が不可分に結びついた、授業の構想力の源泉となる知識)というのですけど、このTPACKを先生方でうまく共有するような、ある種のコミュニティーみたいなものを作って、まさに先ほどのインタラクティブ・ティーチング関係の話に関わってくるのですが、先生方が新しい学習環境で教育をする知識やスキルを高めていくような仕組みづくりを進め、それをシステム開発でうまくサポートしましょうというものになっています。
─ なるほど。
重田 もう1つ基盤センター関連でいうと、もともとELMSは情報基盤センターで管理運用するシステムだったのですが、2015年にOECに移っています。ELMSは本学のいわゆる情報システムの中の1つで、全学のシングルサインオンに学生がログインして使うことになりますから、当然両者は連携しないといけません。あとは、学生のIDや教育に使うIDは、学務部で作られて、それをこちらのほうにデータとして連携させることで、SSOやほかのシステムを使えたりしているのです。その意味でELMSはデータの源泉の1つになっているので、他システムとの連携をうまく作り込まないとシステム全体のセキュリティレベルが下がり、運用上問題になってくることもあります。ELMSは5年に1回、システム更新をしていますが、当然システムのセキュリティレベルを高めながら、パフォーマンスや利便性を考えつつ、仕様を策定しています。学内のシステム同士で機能の重複があってはいけませんので、棟朝センター長をはじめ、いろいろとご相談しながら、最適なシステムを作っていくことが非常に重要です。OECの調達ではありますけど、半分は情報基盤センターの仕事として取り組んでいるということになります。
─ 基盤センターでされている仕事のほうがどちらかいうと、システム寄りになっているのですね。
重田 はい、そうですね。システムの分掌自体はOECに移ってはいますが、そこだけでは完結しないことが多いので、両センターに関連する業者との折衝や、セキュリティ関連の先生方との調整を日々行なっています。先ほど話題にも出たリカレント教育を大学でやっていくことになりますと、対面授業の補助的な手段だったELMSが、リカレント教育のオンラインプラットフォームとして、大学の外に出ていくシステムとなっていきます。そのためにはシステムの使い勝手が向上し、セキュリティ面で堅牢化するためのシステム更新がこれまで以上に重要になると思います。そこが基盤センターにおける私の重要な仕事だと考えています。
─ ありがとうございます。今回のお話を伺って、教育のオープン化のための教材作りやシステムの開発維持に対するご苦労や、教育の内容とかやり方、学ぶ方のニーズも多様化しているという現状がよくわかりました。
本日はありがとうございました。
———– 略歴 ————
重田 勝介 Katsusuke SHIGETA
北海道大学情報基盤センター教授。同大学院教育推進機構オープンエデュケーションセンター副センター長ならびにオープン教育開発部門長。大阪大学大学院修了 博士(人間科学)。東京大学助教、UCバークレー客員研究員を経て現職。研究分野は教育工学・オープンエデュケーション。